象嵌(ぞうがん)という技法を用い、世界各地の民族柄をモチーフに器を制作する岡安まりなさん。沖縄、益子、東ティモールなど、さまざまな土地での出会いが重なり生まれた、そのものづくりの原点を訪ねました。

世界の手仕事が息づく、緑に囲まれた工房
滋賀県栗東市の谷あいに工房「OKAMA Studio」を構える、陶芸家の岡安まりなさん。
訪れたのは、しとしとと雨が降る梅雨のある日。緑がいっそう濃くなった田園風景の中に、工房は静かに佇んでいました。


愛犬の海(かい)くんが出迎えてくれました
工房内には、岡安さんが趣味で集めてきた世界各国の布やオブジェなどの民芸品、そして国内の作家さんによる手仕事の品が並べられています。
アフリカの民族が用いるお面をモチーフに、伝統的な泥染めの技法で作られた布や、インドの繊細なブロックプリントの染め物、作家仲間による陶芸作品から自身の作品まで、時を重ねた空間に溶け込むように飾られた品々たち。
心地よいラジオのBGMとランプの灯りに包まれ、趣味が堆積した秘密基地のような空間です。


現在の工房へ移ったのは、約3か月前。それまでは滋賀県・信楽の窯を借りて制作を続けていましたが、「自分の窯を持ちたい」と物件を探していたところ、この場所と出会いました。
「たまたま、以前陶芸家が住んでいた大きなガス窯のある家に巡り合って、工房として使わせていただけることになりました。周囲の雰囲気も素敵で一目惚れでした。15年ほど使われていなかった工房だったので、片付けは一苦労でした。でも、工房の向こうに広がる風景が本当にのどかでとても気に入っています」
知恵と工夫の詰まった、象嵌の技法
岡安さんは、この工房で象嵌(ぞうがん)をはじめとする技法を用いて器を制作しています。

象嵌の象は「かたどる」、嵌は「はめる」。その名のとおり、器の表面に模様を彫り、その溝に別の色の土を埋め込んで絵柄を描く技法です。
作品のいちばんの特徴とも言える個性豊かな模様は、世界各地の布から着想を得たもの。インドのブロックプリント、アフリカのクバ布やセヌフォ族の布、中米パナマのモラ刺繍など、日々集めてきた布の文様のスタンプで絵柄を作っています。
「インドのブロックプリントで使われる木版をそのまま使うこともありますし、自分でスタンプを作ることもあります。自作するときは、気に入った民族布の柄をフリーハンドで土に描いて凹ませ、そこへ石膏を流し込んで型を作っています」

スタンプは種類ごとに引き出しに収納。白いものが自作の石膏スタンプ
まずは、平たく伸ばした土の素地へスタンプを押し、溝を作ります。木版のスタンプの場合は土に含まれた水分を吸ってしまうため、スタンプを押す前に小麦粉をまぶします。


スタンプを押して模様をつけていく
できた溝には、白い泥を埋め込んでいきます。この泥も、長石や蛙目(がいろめ)などを調合し、焼成時の収縮率などを考えながら自ら配合したもの。異なる土を組み合わせる象嵌では、焼いた際にひび割れが起きないよう、見えない部分にも細かな工夫が求められます。

「一般的な象嵌では、泥が固まった後に余分な泥を削り取る作業が発生しますが、私の場合は泥を埋めた直後にヘラである程度かき出してしまいます。この方法だと後の工程がぐっと楽になり、一度にたくさん制作できます」

白泥を埋め込み、ヘラでかき出す
その後、乾燥させてから、プレート型を用いて器の形に成形。細かな部分のみ削り出して微調整し、模様を整えていきます。

焼成は基本的に月に一度。ガス窯で焼き、釉薬をかけて再び焼成する工程を繰り返し、完成するまでには約1週間。こうして、世界各地の伝統文様が器一枚一枚へと焼き付けられていきます。

ろくろで成形し、絵付けする作品もあります
民族柄、そして民芸との出会い
手間も時間もかかる象嵌の技法を用いる陶芸家は決して多くありません。なぜ岡安さんはこの道を選んだのでしょうか。
「そもそも焼き物に興味を持ったのには、実家が京都でものづくりの家系だったことが影響しているかもしれません。父は着物のデザイン、祖父も反物に絵を描く仕事をしていて、幼い頃からものづくりが身近にある環境で育ちました」

当初は大学でプロダクトデザインを学ぼうと考えていたという岡安さん。しかし、「手を動かしてものを生み出す面白さを追求したい」という思いが強くなり、進路を陶芸へ変更。当時通っていた画塾の先生から勧められたこともあり、沖縄の大学で陶芸を学ぶことに。
「沖縄では、基本的に赤土しか採れません。そのため、やちむんをはじめとする焼き物は赤土の上に白泥を施して作られるのが特徴です。私も、ろくろで成形した器に線を彫り、そこへ白泥を埋め込む装飾を学びました。これが象嵌との出会いでした」
一方、学内には染織コースもあり、染めや織りなど布の世界の奥深さにも触れるように。趣味で世界各地の民族布を集めるようになり、それがやがて自身の作品づくりのインスピレーションとなっていきました。

大学卒業後は、民芸が今も色濃く根付く栃木県の益子へ。陶芸教室で働きながら、自身の作品と向き合う日々を過ごします。
陶芸教室では、釉薬を使わない「炭化焼成」による制作が中心でした。焼き上がりが素地の色のみになることから、オリジナリティを出すため、象嵌により本格的に取り組むようになったといいます。

そして益子でのもう一つの大きな出会いが、人間国宝の島岡達三さん(1919-2007)でした。
「島岡さんは『縄文象嵌』という技法を極めた陶芸家で、彼の作品を初めて見たときに衝撃を受けました。縁あって島岡製陶所で1年間働かせていただくことになり、それが象嵌技法を深めていくことにつながりました。益子の民芸店にも作品が並んでいて、誰でも手に取って見られる。民芸に興味を持つようになったきっかけでもあります」
ここで、平らな土に縄目を付け、泥を塗り、型で起こしてから削り出すという技法を学んだことが、岡安さん独自の象嵌スタイルの礎になったといいます。

民芸の息づく街、益子
沖縄で出会った象嵌の技法、民族布から受けたインスピレーション、そして益子で出会った民芸の思想。それらの経験が少しずつ交差しあうことで、現在の岡安さんならではの作品へとつながっているのです。
世界を広げた東ティモールでの経験
益子での修行を終え、作家として独立する前にもう一つ経験を積みたいと考えていたという岡安さん。そんなとき、知人を通じて青年海外協力隊の経験者の話を聞く機会があり、「行くしかない!」という直感が働きました。
青年海外協力隊は、開発途上国で現地の人々と生活を共にしながら、その土地の課題解決に取り組みます。岡安さんは「陶磁器」の職種枠で、東南アジアの国、東ティモールに派遣されることに。派遣前には約70日間にわたる研修を受け、現地で使われるテトゥン語を学んだほか、有事を想定した避難訓練なども行いました。

東ティモールは、16世紀以降、長きに渡りポルトガルの統治下にあった国。その頃は、大きな土器で煮炊きをしたり、土器を物々交換に用いたりと、焼き物が暮らしに深く根付いていました。
しかし、その後インドネシアによる占領や近代化に伴い、プラスチック製品などの生活用品が普及すると、焼き物は次第に姿を消していきます。
その文化を再び地域に根付かせようと活動するポルトガルのNGOとともに、岡安さんは東ティモール・アタウロ島の村の奥地で焼き物を作る人々を訪ね、制作のサポートやワークショップを実施していました。


民族文化や手仕事は、その土地の暮らしと切り離せないものです。それを伝統として受け継いでいくことの意義を体感できた一方で、想像と現実のギャップも大きかったと語ります。
「焼き物が日常的に使われない中で、暮らしで必ずしも必要とされないものを文化として継承していくことの難しさに直面しました。そこで、小物入れやお土産として手に取ってもらえる作品づくりを提案。また、粘りの少ない現地の粘土は少し寝かせると扱いやすくなるなど、日本での経験を活かしたアドバイスもしながら、一緒に制作を重ねていきました」
任期は2年間の予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で、1年2か月で帰国することに。
「やり残したことはたくさんあります。でも今では本当に行ってよかったと思っています。いろいろな意味で鍛えられましたし、自分の世界が大きく広がりました」
体験を通して手仕事の素晴らしさを伝える
さまざまな土地を転々とし経験を重ねながら、岡安さんは現在、滋賀の工房で日々制作を続けています。

(左)6度の引っ越しをともにしてきた、14才の愛猫ごましおちゃん(♂)
(右)ともに暮らす、7才の黒猫サラちゃん(♀)
現在は自身の作品制作に加え、象嵌で器を作るワークショップも開催。手仕事の楽しさや面白さを伝える活動にも力を入れています。
「象嵌はスタンプを使うので、子どもから大人まで、絵が苦手な方やものづくりに自信がない方でも気軽に楽しんでいただけます。柄で自分の個性を出しつつも、長くお使いいただける器ができあがるので、とてもおすすめですよ」


取材時も体験させていただきました。
たくさんのスタンプから好きなものを選ぶだけでもワクワクします
民族柄への興味や民芸との出会い、そして東ティモールでの経験など、岡安さんがこれまで辿ってきた道のりを知ると、その器には背景にある物語までもが織り込まれているように感じられます。
毎日の食卓で気兼ねなく使える実用性を備えながら、どれも唯一無二の魅力を持つ岡安さんの器。
ぜひ手に取って、その手仕事のぬくもりと世界各地の文化から紡がれた物語を感じてみてください。

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